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幻想
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「陛下のような立派な王になるため、先生の言うことは聞いた方が良いですよ」

「……………」

後継者としての意識を持ち始めなければならないと暗に伝えようとして言った言葉だったが、何かが殿下の気に召さなかったのか突然その表情に陰りが見えた。先程の不満顔とは打って変わっての暗い表情に、一体どうしたのだろうかと思案に暮れる。すると殿下は私にしか聞こえないだろう小さな声で呟かれた。

「父上は……」

「……殿下?」

ヨルダン様のことを呼んでそのままプツリと言葉が途切れた。続きを促すように殿下をお呼びしても、一向に口を開かれる気配はない。何が殿下の口を重くしているのだろうか。

「………殿下は陛下が5年前に行った関税緩和政策について知っておりますか?」

「……国の政策はよく知らない。……それに父上とはあまり話さないし…」

5年前丁度私が成人した年である。ヨルダン様は外交や国内経済の強化のため、関税緩和政策を施行した。この政策にとって、国外からの輸入に頼っていた作物に掛けられていた税金が撤廃され、国民の台所事情がかなり楽になったと聞いている。また安い外国産の作物が市場に並ぶことで、売れ行きが減少してしまった国内の作物については国として差分を買取、国内農家を救援した。これにより国内外からこの政策は非常に高い支持を得て、ヨルダン様の地位向上にも大きく影響することとなった。町民は皆ヨルダン様を善王と言い、我々貴族たちもこの治世の安泰を祈ったものだ。

「殿下の父上は国中の誰しもが尊敬するそれはそれは素晴らしき王なのですよ」

5年前のことを、ましてや国の政策などをまだ幼い殿下が詳しく知らなくても仕方ないかもしれない。しかし殿下には如何にヨルダン様が素晴らしい王なのかを知らなければならない。分かり易いよう掻い摘んだ説明は殿下の胸に響いたようだった。

「父上がそんなこと……」

「そう、陛下はとても素晴らしい人なのです」

最近の動向に目を瞑れば。
そのことが口から零れようとし、慌てて私は口を噤んだ。
この疑念は決して口にしてはならないことだった。ヨルダン様はあの時のヨルダン様のままで、素晴らしい王であることに変わりはない。

「陛下とはあまりお話されないのですか?」

「……前は一緒に食事も採ったりした……でも今はしなくなっちまったし、あまり話しもしない」

先程殿下が口にされた、父上とはあまり話さないという言葉が気になった。
親と子が会話しないなんてこと、ある筈がないと殿下に確認の意味を込めて尋ねてみたのだ。しかしそんな私の希望的観測は無惨にも、殿下により打ち砕かれてしまった。
王族の親子なんて、そんなものなのだろうか。確かに殿下にとってヨルダン様は父であるとともに一国の王なのである。近いようで遠い存在なのだろう。貴族の親子関係よりも疎遠になってしまうのは、不思議ではないのかもしれない。しかし現実、殿下のような幼い子どもがそんな道理で納得できる筈がない。まだ両親に甘えたい年だろうし、甘やかされる時でもある。だというのに、生みの母とは離れ離れにされ、実の父には構ってもらえない。それが如何に殿下の心を寂しくさせているか、想像し易いものである。

「陛下も、お忙しい御身ですからね……」

そう言いつつ、私の脳裏では後宮に頻繁に通われるヨルダン様の姿が浮かぶ。御自身の御子に触れ合う暇がない筈がない。それだと言うのに、目の前の殿下の口振りでは交流が積極的に行われている様子はない。
殿下を慰めるために紡いだその言葉は、上辺だけを撫でるだけだった。

「父上は、俺が嫌いなんだ……」

殿下が帰られる前に呟かれたその言葉が、やけに耳に残った。






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